自閉症スペクトラム めぐと私の日常

発達障害の女の子とのドタバタな毎日

自閉症スペクトラムとは


前回、民間療育の先生との面談を終えた私。

 

ここまで、ひたすらめぐとの日常を送っており振り返ることなど全くしていなかったのですが、先生とたくさんお話をすることによりふと立ち止まる時間ができました。

 

療育センターのドクターとの診察にて自閉症スペクトラムの診断がついていたのですが、正直ショックでしたがあまり深くは考えていなかったのです。

 

 

megusansun.hatenablog.com

 

というのも、めぐとの大変な日常で感覚が麻痺しており、ことの重大さに気がついていなかったのもあるかも知れません。

 

とはいえ一般的に自閉症スペクトラムの診断がつくということは障害を受容しないといけないという事ですが、この受容という言葉を考えるとはじめから受容していたような、未だに受け入れていないような不思議な感覚を覚えます。

 

完全に受容していれば、必死に色々な療育も試していない気もするし、障害という現状を受け入れていないから努力しているそんな気もするし…

 

でも一度も自分や娘を責める気持ちになったことはないですし(もちろんめぐ父も)やっぱりはじめから事実は受け入れていた気もするのです。

 

悩んでも娘の特性が消えることはない。事実は動かせない。そんなシンプルな気持ちです。

 

当時は逆にフィルターをかけて娘をみていた事もあったなと反省しています。

 

娘はかんしゃくがひどくて一度泣くと大声で叫び続けていたのですが、これは自閉症スペクトラムだからだと思いこんでいました。

 

先日自宅で窓を開けて過ごしていると、外からパンチの効いた大声で泣き叫ぶ3歳くらいの女の子の声が長い間響いてきこえてきました。

 

あまり気にしていなかったけど、これくらいの幼児さんはふつうに泣き叫ぶ事だってあるよなと時がたって気がついたのです。

感情があるから当たり前なんですよね。

 

そんな時は普通にある事だと。

 

当時は叫ぶ娘を何とか収めたいと必死で、こんなに大変なのは自閉症スペクトラムだからだと思っていました。

でも誰だって機嫌が悪ければ騒ぐんですね。

小さな頃なんて自分でコントロールできない訳ですから。

 

そんな当たり前の事を全部自閉症スペクトラムのせいにしていたかもと振り返ると思うのです。

娘の性格だってあるのに。

 

もちろん特性があるから大変だったこともあると思うのですが、(気持ちの切り替えができずかんしゃくの時間が長引くとか)全部が全部な訳じゃないよなとも思うのです。

 

今だに受け入れてない気もする自閉症スペクトラムですが、あまりフィルターをかけすぎず、障害名だけではなく娘自身をしっかり見ていきたいなと気をつけて過ごしているのでした。

 

その辺りはまだまだ修行中です。

 

 

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